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Gerade Weiher (ゲラーデ・ヴァイヤー)

  

 197X年静岡生まれ、京都在住。幼年時にインチキピアノ教室にてオルガンとエレクトーンをむなしく学ぶ。小学5年頃より自発的にクラシック音楽を聴きはじめ、中学生の時テレビで見たシノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団のマーラー交響曲第2番「復活」で完全に足を洗えなくなる。

 高校時代からはインチキ吹奏楽部にてコントラバスと指揮をはじめるが、どちらも物真似の域を脱することはなかった。さらに京都のR大学交響楽団でも懲りずにコントラバスと指揮を担当。指揮活動は短く儚いものだったが、なんとか大阪ザ・シンフォニーホールでの前座デビューも果たす。ブラームスの交響曲第4番とショスタコーヴィチの交響曲第12番を指揮した卒業演奏会は無謀なプログラムだったが、とくにショスタコーヴィチの演奏は一部マニアに好評で、しばらくネタにされた。

 その後長らく演奏から遠ざかっていたが、ついに2003年12月にコントラバス奏者として復帰し、西宮のJフィルハーモニー管弦楽団の活動に参加。ウィンナ・ワルツ1拍目の重責を担う。

 好きな曲はシューベルトの「グレイト」やヨハン・シュトラウスの「ビッテ・シェーン」、ヨーゼフ・シュトラウスの「うわごと」など。ヘッツェルのほかに好きな演奏家は
グスタフ・スヴォボダ(ヴァイオリン)、ヴォルフラム・ゲルナー(コントラバス)、エマニュエル・ブラベッツ、ルートヴィッヒ・バインル(チェロ)など。

Walter Bibilly (ヴァルター・ビビリー)

  

 197X年東京生まれ、京都在住のアマチュア・ヴァイオリニスト。3歳よりピアノと音感の教育を受け、20歳の京都のR大学交響楽団入団と同時に遅ればせながらヴァイオリンをはじめる。クラシックの深い森に足を踏み入れたのはさらにこの2年ほどあと、偶然耳にしたバーンスタイン/ウィーン・フィルのマーラーの録音に電撃的ショックを受けてから。この頃よりヘッツェルを師とあおぐことになるが、しかし心の師匠はとっくに天上の人となっていた。

 
またR響在団中にまるでヘッツェルを地で行くかのごとくつまらない転倒事故で左手首を骨折。このアクシデントで1年以上演奏停止を余儀なくされるが、その間やけくそでオーストリアに遠征、ヴィーン郊外にあるヘッツェルの墓参りやヘッツェル氏終焉の地サンクト・ギルゲン巡礼など精力的にこなす。

 卒
団後にようやく奏者として復帰、2001年の某演奏会においてベートーヴェンとムソルグスキーでコンサートマスターとして、チャイコフスキーの演奏ではセカンドトップとしても公式デビュー、幸運にも積年に渡るヘッツェル奏法とヒューブナー奏法それぞれの研究成果を実際に試す機会に恵まれた。また2003年にドヴォルザークの交響曲第8番でコンマス・ソロデビューを果たし、2004年にはブラームスの交響曲第1番でソロ・ヴァイオリンを担当した。2003年12月より西宮のJフィルハーモニー管弦楽団に参加。その後ヘッツェルとシュナイダーハンの弟子であるマティアス・ベーグナー教授にちょっとだけ師事、名実ともに(?)ヘッツェルの孫弟子となる。現在も家中にヘッツェルの写真を飾り、亡き心の師匠の芸に一歩でも近付けるよう修業中。

 
好きな曲はブラームスとドヴォルザークとバルトークのヴァイオリン・コンチェルト、リヒャルト・シュトラウスのナクソス島のアリアドネ、町人貴族、メタモルフォーゼン、ブルックナーの交響曲(今のところ3番以降)、ヤナーチェクのシンフォニエッタなど。ヘッツェルのほかに好きなヴァイオリニストはオットー・シュトラッサー 、ヴィルヘルム・ヒューブナー、アントン・カンパー、グスタフ・スヴォボダなど。ヘッツェルのコンマス在任中の指揮者ではやはりバーンスタインとベームを買っている。

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