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HETZELIANER

ブルックナー/交響曲第9番ニ短調 (VTR)
レナード・バーンスタイン指揮 (1990年2〜3月)

ウィーンとの別れの記録

ブルックナー:交響曲第9番/ バーンスタイン指揮 (CDジャケット)

これはバーンスタイン(以下愛称のレニーと記す)がウィーンでウィーン・フィルを振った最後の演奏会の記録だろう。ウィーンでこの曲を何回か演奏した後、3月9日金曜日夜8時からカーネギーホールで振ったのが、おそらくウィーン・フィルとの最後の共演。ウィーンでの演奏会の記録はCDとVTR(ユニテルの未発売のもの。BSなどで放送)で残されているが、映像の方が断然泣ける。(左のジャケット写真はCDのものだ。)それにしても、こんなに悲しい演奏会の記録が他にあるだろうか。

この時すでにレニ−は死(90,10/14)の7〜8ヶ月ほど前で、指揮しながら非常につらい表情を浮かべている。聞くところによると、もうこの頃にはかなり死の病が進行していたようだ。さらにこの後夏にロンドン響と日本に来た時には、予定されていたこの大曲を振る集中力はなかったとのこと。7/3に札幌(PMFオーケストラ)で、シューマンの2番のシンフォニーを指揮するレニーも映像で残っているが、余りに痛々しくて見るに耐えない。このウィーン・フィルとのブルックナーの映像が、かろうじてレニーらしい指揮の最後の姿をとらえているものと言ってもよいだろう。

これまでカラヤンに遠慮して、またカラヤンにはかなわないからと、ブルックナーを積極的に取り上げることのなかったレニー。カラヤンが亡くなったということもあるが、不調を押して振り慣れないレパートリーに取り組むレニーにも大きな拍手を送りたい。偶然にも晩年にカラヤンが録音しそこなった9番をレニーが残してくれたことは幸運であったし、更にその演奏が、ブルックナーを得意としていたカラヤンに決して劣ってはいないということも特筆すべきことだ。

メンバー紹介

まずレニーがいつにも増して、オケのメンバーのあちこちに挨拶しながら登場。演奏会の最初から、これが最後の共演になるかもしれないということを指揮者、オケともども感じ取っているかのような雰囲気だ。

メンバーは最強で、もちろんコンマスがヘッツェル、サイドがヒンク。その後ろの2プルト目がホーネックとシュトラーカ、セカンドヴァイオリンのトップが「打ち込み」(ヴェヒター)で、後ろの方にマリオも見える。ヘルツァーがいないのがかえすがえすも残念だが、シャイヴァインがチェロのトップ。オーボエ1番が「ガブリエル君」でフルートの1番はマインハルト・ニーダーマイアーだ。オーボエは珍しく2番が「あいつ」(レーマイヤー)で3番がローレンツという逆転現象が見られる。この曲の楽譜が1番オーボエと2+3番オーボエという書かれ方をしているからだろう。いつも浮き浮きとしていてまさに浮いていらっしゃる「あいつ」が、この日はいつになく真面目で深刻な顔をしているのも見どころの一つだ。

美しくも壮絶な第1楽章

レニーは小さい身ぶりで振り始めた。小さいけれどアウフタクトで引っ掛かる8分音符などもきっちり振り分けている。こういうところがカラヤンと違い親切だ。ともに音楽しているといった感じが伝わってくる。(カラヤンについては78年収録の同曲の映像を参照。もっとも、この部分のカラヤンの指揮は映ってないが。しかし例えばLの前の部分など、カラヤンは非常に分かりにくい指揮だ。)

20小節ですぐにfになるが、決していつものように大振りにしたりはしない。開始早々そんなレニーを見せつけられ、「レニーもとうとう必要最小限で最大の効果を引き出す指揮をするようになってしまったのだ」と思い、ちょっと切なくなる。

この後何ケ所か、本当に爆発する箇所はかなり気合いが入り得意のジャンプも見られるが、基本的には胸の前あたりの範囲内に腕を固定して振っている。昔と比べたらかなり地味な指揮で、どっしりとした音楽が神秘的、大河的に続く。

特徴的なのはKの部分。何かに追い立てられているようなこの部分で、レニーはかなり早めのテンポを設定。スコアの最初のページにFeierlich,Misterioso(荘厳に、神秘的に)と記されているこの楽章の中では、とりわけ際立っている。

逆に遅いのが、Rの箇所。ppの弦の掛け合いが今にも止まってしまいそうなスローテンポだ。映像ではこの部分のみレニ−が眼鏡をかけているので、他の日の映像(初日か?)を繋いだのがはっきり分かる。きっとなかなかうまくいかなかったのだろう。(余談だが、ヘッツェルのヴァイオリンが赤い時と茶色い時があることからも、何回かの演奏会をつなぎ合わせたことがわかる。)息づまるほどのゆっくりとしたテンポの後で、続くSからのフルートの開放されたような旋律が慰めだ。

Vの9小節目からWにかけて、ウィーン・フィルのヴァイオリン独特の弾き方がたまらない。ダウンボウで符点2分を弾いた後、アップボウの4分音符を全員で腰を浮かせて弾く様子が、ファーストヴァイオリン後方からの絶好のアングルでとらえられている。

そして1楽章大詰めの部分、この世の悲劇を一身に背負ったようなコーダでレニーは、脂汗を滲ませ、顔を歪ませながら壮絶な音楽を作り上げている。体は衰えてしまったが、音楽の中にどっぷりと身を浸し、全身で音楽を表現しようとしている点では、レニーは晩年まで本当に変わらなかった。最後までレニーはレニーだった。

ヘヴィーなロックのようなスケルツォ

このレニーの演奏と同じく、全曲を通してゆっくり目のテンポのジュリーニの演奏(88年)と比べてみると、1楽章はジュリーニの方が1分遅いが、2楽章はレニーが1分半遅い。レニーのこの曲のスケルツォは、重心が低くて、重い目のロックのような雰囲気だ。

50小節目のようなティンパニのトレモロを強く浮き立たせているのもいかにもレニーらしくてノリノリだ。アルトマンのティンパニのテクニック(小気味良さ)も最高。特にこういうスケルツォでは、コンマスがヘッツェルじゃないとはしってしまう。

人数の多い弦楽器奏者に目を向けてみると、特徴的なAの部分のダウンダウン(弓を返さずにずっと下げ弓で弾く奏法)や、続く弓順(弓を返す)のスタッカートのような箇所が、はしらずに見事に揃っているのが確認できるだろう。このようにみんながきっちりと演奏するのは「ヘッツェルのいるウィーン・フィル」の良さだ。

木管に関しても、はしりそうになった奏者(あるいははしってしまった奏者)に向けて、コンマス席からヘッツェルの睨みが飛ぶ。Iの部分など、1回目も、更にトリオが終わった後の2回目も、クラリネットが爆走しヘッツェルのお咎めを受けている。オッテンザマー様、しっかりしてください。

トリオも自由自在な演奏。今日はさすがに1楽章から深刻な顔をしていた「あいつ」も、69小節目のような1番オーボエのソロには、楽しくなってついつい体が動いてしまう。

スケルツォに戻ってからレニーがちょっとつらそうだ。こんなしんどいのを2回もやるなんてブルックナーもいけずだ。しかしフェルマータの後のGの爆発(ブルックナーのこの部分のフェルマータの効果は抜群だ!)など、飛び上がらずにはいられないレニーであった。

人生の総決算のような素晴らしいフィナーレ

ブルックナーが完成させた最後の楽章は、祈りの音楽だ。しかし時に悲しみが押し寄せたり、苦しみに襲われたり、警鐘が鳴り響いたり、過去を振り返ったりもする。そして最後にはついに、この世とは違う「あちら側」の世界へと昇天する。レニーはこの他人事ならない音楽を、慈しみながら指揮した。

第1主題は、一音一音噛み締めるかのように奏される。6小節目から7小節目にかけての上昇音型はかなり粘るが、心からの音楽であり、ウィーン・フィルのトランペットも一心にレニーの指揮につけている。

あっけないほどすぐにやってくるBのホルンとヴァーグナーチューバの下降の和音は、ブルックナー自らが「生からの別れ」と名付けた部分。こういう部分はウィーン・フィルの独壇場だ。すべてを包み込むような柔らかいホルンの響きが、ホールの隅々まで降りそそぐ。ここはつい音楽に溺れてしまいそうな部分ではあるが、レニーは難しいヴィオラの入りに細かく指示を出す配慮も忘れてはいない。

Eで第一主題が戻った後の85小節目からの部分、あるいはとりわけGの部分、どんどん寂しさが増していくこんな部分のレニーの表情がたまらない。ヴィデオだからこそよりホットに伝わってくるのだ。レニーの心にもいろいろなものが去来しただろうし、見ている我々にとってもそれは同じだ。

Lのbreitの部分、ウィーン・フィルの弦のやわらかなアタック(入り)も最高の聴きどころ。高音と低音のバランス、高音と低音の入りのタイミング、ヴィブラートの質量、独特な音の透明感。ウィーン・フィルだけができる、しかも自然とできる表現だ。

その後164小節目からのオーボエによる鋭い警告音、続くMからの果てしのない過去への追憶、と聴かせどころは続き、Nではヘッツェルの大見得を切るようなピッツィカートがとびきりの緊張感を生み出す。そしてついにQで頂点が築かれた。口をゆがめながら、文字どおり自分の命を削るように指揮するレニー。そんなレニーにウィーン・フィルも持てる力を全て出し切っている。

ついにドロドロとしたもののすべてが終わってしまったRから後、レニーにはもはや体力も気力も残っていないといった雰囲気が画面から伝わってきた。はからずも、この部分にふさわしい音楽的な表現がなされたとも言えよう。

最後の13小節の天国的な響き、そしていつまでも終わらないで欲しいような長いホ長調の和音がムジークフェラインの空間に吸い込まれて消えてしまうと、とても親密な拍手がレニーとウィーン・フィルを包んだ。そして感激したレニーがヘッツェルを抱擁。今まで何度も何度も見てきたシーンだが、今回は普段とは違い、なぜかヘッツェルが眼鏡を外してしまっている。つい泣いてしまったのだろうか。この時ヘッツェルがブラヴォ−とレニーの耳もとで囁いているように見えるが、レニーは「いや、君たちのおかげさ」とでも答えているようだ。拍手は続き、ヘッツェルを右手で、シャイヴァインを左手で、というように二人同時に握手するレニーお得意のシーンも見られた。いつもこの場面で照れて上を向いてしまうシャイヴァインだが、この日は泣きそうになるのを堪えて上を向いてしまったように見えるのは、考え過ぎだろうか。

結局オーケストラが引っ込んでからも、レニーはひとりで鳴りやまぬ拍手に応えたようだ。CDのジャケットには、この時の写真が使われている。調子の悪い喉にマフラーを巻いたレニー。この彼岸の音楽で、彼はウィーンに最後の別れを告げたのだった。

(Gerade Weiher 24.Apr 2002)

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