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ブルックナー/交響曲第9番ニ短調 (VTR)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 (1978年5月7〜8日)

ウィーン当局と和解後初の演奏会

ブルックナー:交響曲第9番/ カラヤン指揮 (LDジャケット)

この演奏会の記録はVTRのみで、CDでは出ていない。(ちなみにこれより約2年前、1976年7月25日のザルツブルグ音楽祭での同曲の実況録音が、ウィーン・フィル150周年記念CDとしてグラモフォンから出ている。)

この演奏が行われた日付けについては、浅里公三氏がLDの解説書で次のように記している。

「DGの資料には5月としか記載されていないが、この年の5月7日と8日にこの2曲(注:もう1曲は「テ・デウム」)を演奏しているから、そのどちらかであろう。」

しかし私が調べた限りでは、1978年の5月8日は月曜日。果たしてウィーン・フィルの演奏会が本当にあったのだろうか、という疑問が浮上してくる。もしかしたら6日、7日の間違いかもしれない。

浅利氏の解説にもあったようにこの時はブルックナーの「テ・デウム」も演奏され、LDには9番、「テ・デウム」の順で収録されている。

さらに浅利氏によると、このコンサートはカラヤンがウィーン当局と和解してから初の演奏会ということで、特別にVTRにおさめられたのだとか。1964年のウィーン国立歌劇場音楽監督辞任のごたごた以来、カラヤンがウィーンでウィーン・フィルを振ったのは、75年に2回あったのみ。77年に和解して13年ぶりに国立歌劇場に復帰、そして満を持してこの演奏会が行われたのだ。

メンバー紹介

さて当日のメンバーだが、ファーストヴァイオリンはコンマスがヘッツェル(この頃やたらともみあげが立派だ!)でサイドがヒンク、その後ろにポドゥシュカとスヴォポダという重鎮が控え、3プルがシュトラーカと若いエックハルト・ザイフェルトといったメンバー。その他のパートも、セカンドトップが「ヒューちゃん」(ヒューブナー)、チェロのトップがヘルツァーというよだれものの配置。チェロ4プルのスコチッチの活躍も良く見えるし、セカンドでがんばっているヘルもたまに見えるが、見ていて気持ちがいい。なぜかこの映像、カラヤンが登場するまでにたっぷり時間があって、その間ウィーン・フィルのメンバーをなめるように流して映してくれている。思い思いにくつろぐメンバーの姿が見れるのも貴重なおまけだ。

ドラマティックな要素の勝る1楽章

カラヤンが颯爽と登場。この頃のカラヤンの特徴なのかもしれないが、コンマスとは握手もせず、しかしやたらと聴衆に対してはにこやかに対応している。いつまでも拍手に応えているが、ひさびさのウィーン・フィルの演奏会ということで、カラヤンのファンサーヴィスだったのだろうか。あまりに拍手が長いのでシュトレンク卿はついうっかり座ってしまい、急いで立ち直したほどだ。

ようやくオケに振り返ったカラヤンは、しかしオケには一瞥もせずにさっさと目を閉じてしまう。ヘッツェルはすぐに弓を構えたが、タイミングが早すぎて一度下ろさなければならなかった。カラヤンが余りにもすぐに自分の世界に入ってしまったので、どう出てくるのか測りかねたのだろう。カラヤンはリハーサルではオケと感じ良くやっていたとは思うが、本番の行動を見ると勝手な感じがして、ちょっとウィーン・フィルが気の毒に思えてくる。もしかしたら「巨匠に黙ってついていく喜び」みたいなものがあるのかもしれないので、一概には言えないが…。

さてカラヤンは、神秘的なこの曲の出だしをかなりあっさりと振り始めてしまう。カメラがヘッツェルの背後から最初の弦のトレモロをとらえているが、毎度の事だがヘッツェルは他の誰よりも細かくたくさんの量をせっせと刻んでいる。今日も彼はやる気だ。しかしカラヤンは最初から速めのテンポでさくさく突き進み、そのくせCの前のriten.の振り方がいい加減なので、さっそくアンサンブルが崩壊してしまう。「何をそんなに焦っているんだ、カラヤン!」と言いたくなるところだが、しかしカラヤンは合奏の乱れはそれほど気になる様子もなく、やはり固く目を閉じて自らの世界に没頭している。

このあたりを見ただけで、「どうやら今日のヘッツェルは、あまりむきになってザッツを出さないことに決め込んでいるらしいな」ということがわかってくる。ちょうど同年同月(78年5月)に収録されたポリーニとベームによるベートーヴェンの「皇帝」の映像と比べてみると、「皇帝」では固い動きながらも必死にザッツを出すヘッツェルを見ることができる。つまり指揮者による対応の違いということだろう。全曲を通じて、ヘッツェルがこの頃のカラヤンに対してすこし不機嫌に接しているような雰囲気を感じてしまうのは穿ち過ぎだろうか。かえってスコチッチが、縦の合わない金管を見回したり、頭を付けたりして(後ろに誰も居やしないのに…)トップ並みの活躍ぶりだ。

普通ならばテンポを緩めるDのLangsamerのような部分でも、カラヤンはお構い無しにすっ飛ばす。それでもDの4小節目などで、早い中にも自然なテンポの伸び縮みが見られるのがせめてもの救いだ。しかし特にaccel.の指示には忠実で、accel.の文字を見るとスピードアップせずにはいられないようだ。さすがスピード狂。おかげでNなど本当に空中分解してしまっている。338小節目のホルンが全然ついて行けてないからだ。とにかく1楽章はあまり宗教的とか内省的というような言葉とは程遠い演奏。それよりもカラヤンはこの楽章を、よりドラマティックなものととらえていたのだろう。

独特の緊張感がみなぎるスケルツォ

2楽章も予想通り快速、いや特急だ。確かに張り詰めた緊張感が独特の雰囲気を出しているが、オケは必死。コンサート会場で聴いたらそれなりに楽しいだろうが、こうして記録として残ると、「ちょっと演奏が雑なのでは?」と思ってしまう。みんな必死に食らいついているが、Xの部分の2、3番クラリネットだけは納得がいかない。他所とまるで合ってないじゃないか。1番がシュミードル氏なのは見えたが、2番3番は誰だ!このシーンのヘッツェルは残念ながら映っていなかったが、きっとプリプリ腹を立てていることだろう。Trioに入ってもびゅんびゅんで、カラヤンの乗るポルシェから見える車窓の景色のような音楽となっている。速すぎて、移り行く風景があまり良く見えないのだ。

ついに人間的な熱を帯びる終楽章

1、2楽章のカラヤンの解釈は「動」が勝るものだったが、終楽章に来てついに「静」の音楽が響き出した。その対比の効果は抜群で、今までの早いテンポも、フィナーレと差をつけるためのカラヤンの作戦だったのだろうかと考えてしまうほどだ。

カラヤンの指揮も急に人間的な熱を帯びてきたようで、21小節目から何度も登場する複々符点音符(?)の音型はたっぷりと鳴らされ、Cの前などはかなりゆっくりとした時間が流れている。

それにしてもカラヤンのCの部分の8つ振りは、真似できないような変な指揮だ。1だけはちゃんと下におろしているが、あとは適当に彷徨っているように見えなくもない。このへんが「焼そばをかきまぜる指揮」と言われる所以だろう。(といっても我々が勝手に言っているだけだが…。)

3楽章の熱演がさらに一段とヒートアップするのがL以降。Lでのカラヤンの仕掛けには「やられた!」と言わざるを得ない。感情たっぷりに豊穣に音を鳴らしたくなるこの部分で、カラヤンは逆に音を抑えさせたのだ。そして我らがウィーン・フィルのストリングスは、その意を汲んで、まるでどこか別の世界からサラッと吹いてきた風のように見事に演奏しきったのである!この演奏の要となる、非常に個性的な瞬間だ。

これを契機に音楽はどんどん乗ってきた。90年のレニーとの同曲の演奏ではNの部分で大見得を切っているヘッツェルの姿が映っているが、この演奏では全く大人しい限り。楽譜にはffとあるが、なぜかカラヤンが抑えさせているようだ。その真意は不明。その後は大きく盛り上がりを見せ、Qではティンパニを重ねる(2人の奏者で叩く)カラヤンお得意のパターン、そして悲痛な叫びのような不協和音で頂点を築いた。ただしピークの部分でもカラヤンは目を閉ざしたままなので、音楽の盛り上がりが外面的なものに留まっているように聴こえてしまうのは残念だ。

その後再びサラッとした音楽が戻ってきて、天国的なXからの13小節もそよ風のように過ぎ去っていく。余分な思い入れがない演奏とも言えるが、さっぱりとしていてコクがないような気もして物足りない。このあと「テ・デウム」が続くことを想定した解釈なのだろうか?

カラヤンにはぜひ晩年にもう一度あらためて演奏・録音・録画してもらいたかったが、7番と8番を残したのみで、9番はついにやり損ねてしまった。もし残していたら、きっと最後のコーダの部分はより深みのある清らかな演奏になっていただろう。ぜひ聴いてみたかった。

(Gerade Weiher 24. Apr 2002)

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