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モーツァルト |
ヘッツェルの怒り のっけからはっきり言ってしまおう。ヘッツェルはムーティをほとんど認めていなかったに違いない。実際ムーティについて、「彼は指揮者ではない。ボクサーだ」と発言したということも聞いている。もちろんこれは、ムーティの実を伴わない外面的な指揮に対する、批判的な意味を込めてのコメントだろう。ニュアンスとしては、チェリビダッケの「カラヤンはコカ・コーラ」に近いかもしれない。いずれにせよ褒め言葉ではないのは確かだ。でもそんな文句は序の口、このディヴェルティメントの映像から伝わってくる無言の抵抗は尋常ではない。最初からなんだかずっとプリプリしていて、要所要所で怒りが高まる。ヘッツェルが出演しているムーティ指揮の映像は残念ながらこの日の演奏会くらいしか残されていないようだが、たびたび確執があったであろうことは想像に難くない。 |
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我々もムーティの指揮を好まない。ひとことで言えば "独り善がりな指揮" だからだ。彼はいつも自分の指揮のポーズをキメるのに夢中で、オーケストラのメンバーとともに演奏しているという意識が希薄であること甚だしい。そのくせそのポーズはあたかも「私が今生み出した音楽です」とでも言わんばかりだ。これはあまりにも図々しすぎやしないだろうか。しかし悲しいかな、聴衆の多くはあっさりと彼の振り付けに騙されてしまう。しかし我らがウィーン・フィルの楽員は、そんなことには翻弄されない。ムーティの指揮が技術的にも精神的にも曲のその場その場に不適切な、いわばとんちんかんなものであることくらい、百戦錬磨の団員たちは見抜いているはずだ。 メンバー紹介
この演奏は1991年のザルツブルク音楽祭のライヴ録画である。収録された7月28日(日曜日)は、ヘッツェルの死の一年と一日前であり、ムーティ50歳の誕生日でもある。この年はモーツァルト没後200年のメモリアル・イヤーで、演目はもちろんモーツァルト一色。そしてヘッツェル実質最後のザルツブルク音楽祭である。彼はこの1年後の1992年7月29日、同音楽祭の主要演目であるヤナーチェクのオペラ「死の家から」(アバド指揮)のリハーサル後、ザンクトギルゲンの山で滑落、ザルツブルクでこの世を去った。彼の死は同日、モーツァルトのオペラ「皇帝ティトの慈悲」の公演の最中にアナウンスされ、会場に居合わせた聴衆と関係者すべてを凍りつかせることとなる。でもこれはもちろん、まだ先の話だ。
さて気を取り直していこう。この日、1991年の7月28日に、ヘッツェルの隣に位置するのはいつものヒンクやビンダーではなく、ホーネックだ。彼はファースト・ヴァイオリンの中で最もヘッツェル・シンパであると我々は勝手に思っている。だからこの組み合わせは、なかなかの見もの。2プルトはシュトラーカとヘル。セカンド・トップにマリオ(マリオ・バイヤー)が座っているのも割に珍しい。ヘッツェルを横目でちらっと見ながらきっちりアンサンブルしているマリオのいじらしいこと!マリオのサイドはゲラルド・シューベルト。彼はご存じ大作曲家フランツ・シューベルトの末裔である。そしてヴィオラはシュタールがトップで不足なし。隣がペーター・ペッヒャー。チェロのシャイヴァインはやけに元気がない。不調なのだろうか?
演奏前の謎の会話
この日のプログラムはやはりオール・モーツァルト・プログラムで、最初にケッヘル136のディヴェルティメント、次に40番のシンフォニー、休憩をはさんで41番のジュピターという堂々たるもの。今回はディヴェルティメントに的を絞って見ていくことにする。さてムーティの登場だ。ザルツブルクの会場なので、ムジークフェラインとは違い彼は舞台下手から現れる。 嵐の前の1楽章 1楽章はまずまず安心して鑑賞できる。早めのテンポを提示するムーティに対して早くなりすぎないように細心の注意を払うヘッツェル。音の入りをきっちりきっちり弾いてオケをリードするのはいつものことだが、かっちり弾きつつも程よく力が抜けたボーイングからは、彼が完全に晩年様式を確立させていることをうかがい知ることができる。 ヘッツェルの怒り4連発 2楽章はDVDヴァ−ジョンを見ていただかないと話にならない。9〜12小節目、リピート後の9〜12小節目、47〜50小節目、リピート後の47〜50小節目の4ケ所で、それぞれまったく同じアングルのヘッツェルのアップが写る。まさにこの場面で彼は、毎回猛烈にキレているのだ。今回の最大の山場である。 終楽章
3楽章については、語るべきことは少ない。ヘッツェルもある程度素に戻って、演奏に専念している。もちろん腹の虫は完全にはおさまっていないだろうが、アンサンブルが最優先だ。
フィナーレのポイントを挙げるとしたら、53小節目あたりのヘルの表情だろうか。この直前の難しいパッセージを軽々と弾きこなし、深刻なヘッツェルとは対照的に、微笑みすら浮かべるヘル。彼がヘッツェル亡き後のウィーン室内合奏団のリーダーになるということが、なんだか運命の皮肉に思えてくる瞬間だ。もちろんヘルに悪気はないのだが……。 もうひとつの注目点は展開部の59小節目。対位法的なこの場面、セカンド・ヴァイオリンが先に入って後からファーストが続くのだが、最初のセカンドの入りでヘッツェルが思いっきりアインザッツを出している。これがとびきりかわいい仕種なのでぜひお見逃しなく。 まとめ ヘッツェルはこのような小品でも決して手を抜かず、いいかげんな指揮者との戦いまでこなしながら、完璧な演奏をおこなった。彼のそんなひたむきな姿に心打たれずにはいられない。現在このような骨太なコンサートマスターは、世界中探しても恐らくは見つからないだろう。現代のほとんどの指揮者とオーケストラは骨抜きで、生ぬるい関係をお互いに甘受している。このありさまに警鐘を鳴らすという意味でも、永遠に語り継がれるべき名演奏である。
(Gerade Weiher 29. Sep 2002 )
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