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HETZELIANER

モーツァルト/ディヴェルティメントニ長調 Kv.136(VTR)
リッカルド・ムーティ指揮
(1991年7月28日 ザルツブルク祝祭大劇場)

モーツァルト
ディヴェルティメント k.136
交響曲第40番ト短調 k.550
交響曲第41番ハ長調k.551
"ジュピター"
ムーティ指揮
(LDジャケット)

ヘッツェルの怒り

のっけからはっきり言ってしまおう。ヘッツェルはムーティをほとんど認めていなかったに違いない。実際ムーティについて、「彼は指揮者ではない。ボクサーだ」と発言したということも聞いている。もちろんこれは、ムーティの実を伴わない外面的な指揮に対する、批判的な意味を込めてのコメントだろう。ニュアンスとしては、チェリビダッケの「カラヤンはコカ・コーラ」に近いかもしれない。いずれにせよ褒め言葉ではないのは確かだ。でもそんな文句は序の口、このディヴェルティメントの映像から伝わってくる無言の抵抗は尋常ではない。最初からなんだかずっとプリプリしていて、要所要所で怒りが高まる。ヘッツェルが出演しているムーティ指揮の映像は残念ながらこの日の演奏会くらいしか残されていないようだが、たびたび確執があったであろうことは想像に難くない。

我々もムーティの指揮を好まない。ひとことで言えば "独り善がりな指揮" だからだ。彼はいつも自分の指揮のポーズをキメるのに夢中で、オーケストラのメンバーとともに演奏しているという意識が希薄であること甚だしい。そのくせそのポーズはあたかも「私が今生み出した音楽です」とでも言わんばかりだ。これはあまりにも図々しすぎやしないだろうか。しかし悲しいかな、聴衆の多くはあっさりと彼の振り付けに騙されてしまう。しかし我らがウィーン・フィルの楽員は、そんなことには翻弄されない。ムーティの指揮が技術的にも精神的にも曲のその場その場に不適切な、いわばとんちんかんなものであることくらい、百戦錬磨の団員たちは見抜いているはずだ。

指揮者が二流、三流の時、プロのオーケストラ(とりわけウィーン・フィル)の団員が指揮を見ないで弾くというのは、よく知られた話だ。あるいは、コンサートマスターが"見るな司令"を出すとも言われている。もっともヘッツェルに関して言えば、一言もそんな言葉を発したりはしないだろう。彼はそんな野暮なことはしない。態度が雄弁に物語るのだ。団員は彼の様子を見るだけでちゃんと認識するのである。

そして今回のディヴェルティメントこそ、ウィーン・フィルが指揮者を半ば無視して演奏した、好例といえよう。しかもその指揮者が巷間では超一流と目されているという事実を、重く重く受けとめなければならない。そもそもこの曲は指揮者なしでも十分演奏可能な曲で、コンマス席にヘッツェルが座っているのなら尚更のこと。下手な指揮者が間に入ると、うまくいくものもいかなくなってしまう。せめて奏者の邪魔をしないように気をつけて振りさえすれば指揮者合格といったところだろう。しかし一流指揮者ムーティは、合格どころか、むしろヘッツェルの機嫌を損ねるという大失敗を犯してしまう。そして恐らくこの失敗から何も学んでいないところが、いかにもムーティらしい。

ここで断っておくが、こんな風にネガティブなことを書く行為があまり誉められたことではないということは、十分承知しているつもりだ。ムーティ・ファンが傷つくだろうし、ヘッツェルもひょっとしたらそんなこと書かれるのを望まないかもしれない。しかしリスク覚悟で敢えて書こうと思う。なぜならヘッツェルの演奏の秘密を探る上で、「怒り」というテーマは決して避けて通れないからだ。彼のあの激しい演奏を構成する要素には、「怒り」がそれなりのウェイトを占めていたのではないだろうか。そしてその「怒り」は、つまるところ、音楽に対する真摯な思いの裏返しである。

メンバー紹介

この演奏は1991年のザルツブルク音楽祭のライヴ録画である。収録された7月28日(日曜日)は、ヘッツェルの死の一年と一日前であり、ムーティ50歳の誕生日でもある。この年はモーツァルト没後200年のメモリアル・イヤーで、演目はもちろんモーツァルト一色。そしてヘッツェル実質最後のザルツブルク音楽祭である。彼はこの1年後の1992年7月29日、同音楽祭の主要演目であるヤナーチェクのオペラ「死の家から」(アバド指揮)のリハーサル後、ザンクトギルゲンの山で滑落、ザルツブルクでこの世を去った。彼の死は同日、モーツァルトのオペラ「皇帝ティトの慈悲」の公演の最中にアナウンスされ、会場に居合わせた聴衆と関係者すべてを凍りつかせることとなる。でもこれはもちろん、まだ先の話だ。

さて気を取り直していこう。この日、1991年の7月28日に、ヘッツェルの隣に位置するのはいつものヒンクやビンダーではなく、ホーネックだ。彼はファースト・ヴァイオリンの中で最もヘッツェル・シンパであると我々は勝手に思っている。だからこの組み合わせは、なかなかの見もの。2プルトはシュトラーカとヘル。セカンド・トップにマリオ(マリオ・バイヤー)が座っているのも割に珍しい。ヘッツェルを横目でちらっと見ながらきっちりアンサンブルしているマリオのいじらしいこと!マリオのサイドはゲラルド・シューベルト。彼はご存じ大作曲家フランツ・シューベルトの末裔である。そしてヴィオラはシュタールがトップで不足なし。隣がペーター・ペッヒャー。チェロのシャイヴァインはやけに元気がない。不調なのだろうか?

演奏前の謎の会話

この日のプログラムはやはりオール・モーツァルト・プログラムで、最初にケッヘル136のディヴェルティメント、次に40番のシンフォニー、休憩をはさんで41番のジュピターという堂々たるもの。今回はディヴェルティメントに的を絞って見ていくことにする。さてムーティの登場だ。ザルツブルクの会場なので、ムジークフェラインとは違い彼は舞台下手から現れる。

ところでこれは大問題なのだが、この日の演奏会の映像は2種類存在する。ひとつはLDやDVDで流布しているヴァ−ジョンで、もうひとつはNHKで放送されたヴァ−ジョンだ。それぞれが採用したカットは異なる部分が多く、それゆえ両方揃えて鑑賞されることを強くお薦めする。片方だけでは知り得ない世界が、両方観ることによって目の前に広がる、というのはあながち言い過ぎではない。具体的にいえば、前者が奏者を映すことが多いのに対し、後者はムーティのアップが多い。もちろん我々はDVDヴァ−ジョンを高く評価するが(なんせヘッツェルのアップが多いのだ)、しかし後者もなかなか侮れない。とりわけこのディヴェルティメントのムーティ登場シーンは、NHKヴァ−ジョンに軍配をあげたい。ムーティ登場を狙ったカメラが、図らずも、ヘッツェルとホーネックの表情をはっきりととらえているからだ。

舞台に登場したムーティをカメラが追う。オケを立たせてヘッツェルと握手。ヘッツェルは大人なので、この場面ではいつもどおりにこやかに応じている。続いてホーネックと握手。こちらはまだやんちゃなので、なんだか嫌々握手しているように見える。しかしそもそもホーネックは常に困ったような眉をしているので紛らわしいといえば紛らわしい。そして握手し終えたホーネックは困った眉を保ったまま、すかさずヘッツェルに向かって何かをつぶやく。するとどうだろう、ヘッツェルは溜息まじりに、「ヤー(Ja)!」と吐き捨てるように答えているではないか。

一体全体、ホーネックは握手後すぐに、何をつぶやいたのだろうか?会場全体が注目する瞬間に、演奏のすぐ直前に、何を話したのだろう?そしてヘッツェルのあの否定的なヤーは、何だったのだろう。謎が深まり、妄想が次から次へと湧いてくる。いずれにせよ、これからの
演奏を暗示させる(案じさせる?)、不吉なヤーであることは確かだ。

嵐の前の1楽章

1楽章はまずまず安心して鑑賞できる。早めのテンポを提示するムーティに対して早くなりすぎないように細心の注意を払うヘッツェル。音の入りをきっちりきっちり弾いてオケをリードするのはいつものことだが、かっちり弾きつつも程よく力が抜けたボーイングからは、彼が完全に晩年様式を確立させていることをうかがい知ることができる。

48小節目のセカンドとファーストの掛け合いの部分では、マリオがちゃんとヘッツェルを見ながら旋律を渡しているのが確認できる。こういったポイントで決して弾き捨てたりしないところに、非常に好感がもてる。

そのほかよく見るとヘッツェルが怒っているように見える部分もあるが(とりわけNHKヴァ−ジョンで顕著)、1楽章のうちはまずまず平穏に演奏が進む。しかし2楽章に入ると急にヘッツェルの様子が変わる。はっきり確認できるほどに怒り出すのだ。ひょっとしたら1楽章の間によっぽど気に障る事件が起きたのではないか。そう思って今まで何度も1楽章を見直してみた。しかし残念ながらその怒りの具体的な発端を特定するに至っていない。とにかく問題の2楽章を検証してみることにしよう。

ヘッツェルの怒り4連発

2楽章はDVDヴァ−ジョンを見ていただかないと話にならない。9〜12小節目、リピート後の9〜12小節目、47〜50小節目、リピート後の47〜50小節目の4ケ所で、それぞれまったく同じアングルのヘッツェルのアップが写る。まさにこの場面で彼は、毎回猛烈にキレているのだ。今回の最大の山場である。

事なかれ主義のNHKヴァ−ジョンはこの部分、ヘッツェルを映さずムーティを映している。なんという体たらく!これではこの演奏の真の姿が、視聴者に全く伝わらないではないか!……と言いつつ、NHKの気持ちも少しはわからないでもない。たしかにヘッツェルの凄まじい形相は、放送に差し支えるのではないかと心配させるものがある。

そしてなにより面白いのが、この4回の怒りが、時間の経過とともに微妙に変化する点だ。注意深く鑑賞すれば、彼の心理の変化を読み取れるだろう。

まず最初の9小節目。この部分は2小節間音を伸ばし11小節目で動きがあるので、普段のヘッツェルならば当然指揮を見るポイントだ。しかしこの日彼はなるべくムーティを見ないように努めているようで、最初この部分も無視を決め込もうとする。しかし、ついチラッと見てしまうのだ。これはコンマス稼業が骨まで染みついたヘッツェルならではの条件反射だろう。うっかりムーティが視界に入ってしまい、そして一瞬顔を歪める。さながら、まちがって傷んだ食べ物を口に入れてしまったかのような表情だ。しかし彼はすぐに気を取り直し、再び無視モードにシフトする。

リピート後の9小節目からも全く同じカメラが全く同じアングルでヘッツェルを映す。いつもだったら「おいおい、同じカットかよ!」と文句のひとつもこぼしたくなるが、今回ばかりはこの編集に感謝したい。むしろ彼の心理の移り変わりを見事にとらえたカメラワークと絶賛してしまおう。1回目との違いは、今度は彼が意識してしっかりムーティを睨むという点。これは明らかに彼の挑発であり、同時に警告でもある。そしてそこには、啓蒙の意味までが含まれている。しかしいずれにせよ彼のメッセージはムーティには解読不可能だった。あからさまにブーたれながら演奏するヘッツェルは要チェックである。

2楽章も後半に差し掛かると、32小節目から短い展開部があり、その後39小節目から再び第1主題が戻る(ただし転調している)。47小節目からは先ほどの9小節目からと同じフレーズで、相も変わらず同じアングルだ。ヘッツェルは再度ムーティを凝視するが、より表情は険しく、彼の「怒り」のメーターはこの時右に最大に振り切れていたはずである。彼の頭からもうもうと煙が立ち上るのが見えるかのようだ。

さらにリピート後の47小節目が容赦なくやってくる。もうこの時のヘッツェルは憤慨を通り越して、もはや呆れている。じっとムーティを見つめる目はおそろしく冷ややかで、軽蔑の色がたっぷりと浮かんでいる。全体的にがっくり疲れて、老け込んでしまったかのようにも見える。ムーティに何かを期待することを諦めて、すっかり開き直ってしまったという、やけっぱちな感じも伝わってくる。なにしろ一言では到底語ることができない複雑な表情だ。

この日のヘッツェルは本当に不憫だった。しかし真実の音楽を追い求める彼の孤高の姿は、後の世代の音楽家にとって類い稀なるお手本となった。このことは、きっと喜ぶべきことなのだろう。

終楽章

3楽章については、語るべきことは少ない。ヘッツェルもある程度素に戻って、演奏に専念している。もちろん腹の虫は完全にはおさまっていないだろうが、アンサンブルが最優先だ。

フィナーレのポイントを挙げるとしたら、53小節目あたりのヘルの表情だろうか。この直前の難しいパッセージを軽々と弾きこなし、深刻なヘッツェルとは対照的に、微笑みすら浮かべるヘル。彼がヘッツェル亡き後のウィーン室内合奏団のリーダーになるということが、なんだか運命の皮肉に思えてくる瞬間だ。もちろんヘルに悪気はないのだが……。

もうひとつの注目点は展開部の59小節目。対位法的なこの場面、セカンド・ヴァイオリンが先に入って後からファーストが続くのだが、最初のセカンドの入りでヘッツェルが思いっきりアインザッツを出している。これがとびきりかわいい仕種なのでぜひお見逃しなく。

まとめ

ヘッツェルはこのような小品でも決して手を抜かず、いいかげんな指揮者との戦いまでこなしながら、完璧な演奏をおこなった。彼のそんなひたむきな姿に心打たれずにはいられない。現在このような骨太なコンサートマスターは、世界中探しても恐らくは見つからないだろう。現代のほとんどの指揮者とオーケストラは骨抜きで、生ぬるい関係をお互いに甘受している。このありさまに警鐘を鳴らすという意味でも、永遠に語り継がれるべき名演奏である。

(Gerade Weiher 29. Sep 2002 )

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