ウィーン・フィル150周年記念日本ツアー
マーラー/交響曲第1番ニ長調 (VTR)
ジュゼッペ・シノーポリ指揮 (1992年3月9日)
ヘッツェル、日本で有終の美を飾れず?!
残念ながらこの演奏会は、やる気が出ない時のウィーン・フィルの演奏の一例として長く日本のファンに語り継がれてきた。NHKが録画・放送したものを今回改めてじっくり見てみたが、やっぱり「そりゃないよ」と思った。こんな演奏がヘッツェルの死の数カ月前の貴重な時期に行われたとは!しかも日本で!その責任のほとんどはシノポリの指揮にある。
この映像は、同年7月29日に突然の死を迎えるヘッツェルの、入手可能な最後の映像ではないかと我々は推測する。それなのにこの演奏内容では、亡くなったヘッツェルが浮かばれない!
ご存じの通りこの日本ツアーは、楽団150周年記念行事の一貫として、カルロス・クライバーを指揮者に迎えて行われるはずであった。しかし、同年のニューイヤーであれだけやり尽くしたクライバーに、極東で同じプログラムをもう一度演奏しろと頼む方が間違っている。(しかもパリにも行く予定だった。こちらはクライバーのキャンセルと共にお流れとなった。賢明だ)だいたい、大晦日と元旦(12月30日も?)にクライバーが予定通り振ってくれただけで万々歳と思わなければいけない。
クライバーの突然のキャンセルの末、関係者はなんとかシノポリを押さえ、あまりリハーサルの時間も取れないまま演奏会になだれ込んだのだろう。その上強引なシノポリの解釈に、リハーサルでもかなりの混乱が起きたのではないだろうか。ウィーン・フィルの伝統の解釈に逆らうという次元の問題ではなく、自然な音楽の流れを塞き止める指揮なのだ。ヘッツェルもそれなりに戦ったと思うが、ある程度は好きにさせたのだろう。ヘッツェルから、そんな諦めの空気がぷんぷんと漂ってくる。
ところで、70年代のバーンスタインとの同曲の録画はコンマスがヘッツェルではないので、このシノポリの映像(きっとヘッツェルがマーラーの1番のシンフォニーを弾いた、唯一の映像だろう)はがぜん貴重なものになるはずだったが、しかし内容が内容だけに台なしだ。ヘッツェルが居なくてもレニーとあんなにいい演奏をしたウィーン・フィルだったが、ここでは実力を発揮できていない。
クライバーを迎える予定だったため万全のメンバー。ヘッツェル&キュッヒルのコンマスコンビが揃い、気合いのほどが感じられる。ただし演奏の上ではあまり息が合っていないように感じられるが…。
セカンドヴァイオリンがニューイヤーコンサートと同じく「打ち込み」(ヴェヒター)とマリオの黄金コンビ。マリオもヘッツェルの死後すぐに引退するので、見納めの映像であろう。ヴィオラはひさしぶりにヨーゼフ・シュタールがトップだし、ヘルツァーも臨席。ファーストヴァイオリンの後ろの方も、シュトラーカやホーネック、エックハルト・ザイフェルトと役者は揃っている。
オーボエはトゥレチェック、ローレンツ、ボイシッツ、「あいつ」(レーマイヤー)という順の並びで、トゥレチェックは今回事件を起こしまくる。フルートはフルーリィ博士、ギュンター・フォグルマイヤーというフレッシュな組み合わせ。クラリネットがオッテンザマー、シュミードル、トイブルという順番だ。トランペットに引退間近と思われるホラーが居るのもうれしい。
時々きな臭い匂いが漂ってくるとはいえ、1楽章はまだ事件は少ない。練習番号4の前の「目立たないように自然にテンポを速める」というマーラーの指示に対し、シノポリはことさらここぞとばかりにスピードアップし、変な自己主張を始める。25のような盛り上がる部分では必ずと言っていいほどテンポを上げてオケは崩壊。首をかしげて同僚に目配せするホラーが映っているのが笑える場面だ。
28のセカンドヴァイオリンのgliss.は非常に効いていて(シノポリが得意げに指示を出しているので、強調させたのだろう。)面白い音が聴ける。終盤盛り上がって快速で終わるが、この部分だけはあまりに速くなり過ぎるのをヘッツェルが阻止したようだ。もっと速くしたそうなシノポリが空回りしているのが可笑しかった。
1楽章が終わってすぐに、気を取り直すかのようにさっさと譜めくりをするヘッツェルの後ろ姿からは、すでに怒りのオーラがめらめらと漂っていた。
出だしのテンポはなかなかいいテンポだった。シノポリもかっちりと振って良い感じだったが、そのうちやっぱりはしり出してしまう。ヘルツァーが頭を付けて抵抗し、リピート後の2の3小節前、ファーストヴァイオリンのピッツィカートでは、やけくそのようにプリプリしながら弦をはじくヘッツェルが大映しになっている。
Trioの出だしのあたりは今回の演奏の中でもっとも安心して聴ける部分で、ウィーン・フィルらしい優雅な雰囲気がやっと味わえた。しかしまさにこのTrioの途中、19の前のソロのあたりから残念ながらトゥレチェックがヘロヘロな音を出し始める。Trioに入ってすぐの5小節目のソロが絶品だったのに、それを最後にどんどん調子を崩してピッチがめちゃくちゃになってしまう。これを契機にオケ全体の志気が更に衰えて行ったような気がしないでもない。トゥレチェックの不調もまた、シノポリのせいに違いない。演奏者がナーヴァスになってしまう指揮なのだ。
Trioが終わってスケルツォが戻る26のTempo primoは、全くテンポが戻らず出だしより速いテンポとなった。その時のヘッツェルの怒りぶりは見ものだ。
3楽章はオーボエ1番のソロが多いが、悲しいことにトゥレチェックはあいかわらずガタガタだ。オーボエの他のメンバーも気が気ではないようだ。2番のローレンツも合わせるのが辛そう。
オーボエの苦悩は続き、14の2小節前、ヘッツェルのソロと重なる部分では完全にピッチがずれ、致命的な傷を衆目にさらしてしまう。何といってもヘッツェルの完璧なソロと合わせたら、非常につらいものがある。
4楽章はもう聴くのも書くのも忍びない。34、52、54の前など、シノポリ独りのせいでハチャメチャな演奏になってしまった。57など怒りをあらわにしながら弦を刻むヘッツェルが本当に気の毒でならない。
憎々しげに吹くホルンが印象的なコーダも、盛り上がりは半ばやけくそで、ついにしらけムードが漂ったまま終了。日本の客は大喜びでブラヴォーを叫んでいるが、疑問に思ってしまう。
ヘッツェルは大人の態度で、シノポリと何ごともなかったかのように握手。営業用の微笑みまで浮かべている。本当によくできたコンマスだ。ウィーン・フィルにとって、残念ながらこの日は災難な日となってしまったようだ。せめておいしい和食を食べ、ゆっくり温泉にでも浸かって疲れを癒してくれたであろうことを願うばかりである(でも全日空ホテルでは温泉はムリか…)。
(Gerade Weiher 24.04.2002)
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