SPECIAL
HETZELIANER

Hetzelianers Tafel

ベーグナー氏とのアンサンブル・レポート

いつもは静かに(?)ヘッツェル氏への思いを綴る我々のサイトだが、ついに、一緒に音楽を演奏することで同じ思いを共有する機会を持つことができた。そのお相手はなんと、ヘッツェル氏のかつてのお弟子さん、マティアス・ベーグナー氏だ。今回のスペシャルでは、昨年2004年12月11日(土)に、氏を迎えて京都で催された室内楽の模様などをレポートしよう。曲目はヴァイオリン2本(ベーグナー氏とBibilly)とコントラバス(私)のある曲、ということで、軽はずみにもシューベルトの8重奏曲に決定。あとでその難しさに泣きを見ることになるのだが(苦笑)。

(c) Hetzelianer
そもそものきっかけはベーグナー氏が我々のサイトに(英語で)メールを送ってくれたことで、やりとりが進む中、彼が現在台湾の台南芸術大学で教えていることや、かつて京都を旅行したことがあることなどがわかってきた。そこで軽い気持ちで「もしまた関西に来ることがあったら、その時はぜひ声かけてくださいね」なんて書いて送ったら、来日の話がトントン拍子に進んでしまったのである。そして我々が楽器を弾くことを知るや「一緒に演奏しよう!」ということに。いいのか、こんなド素人と...(汗)。ということで、8重奏のほかのメンバー(ヴィオラ・チェロ・クラリネット・ファゴット・ホルン)は所属するJフィルハーモニー管弦楽団の面々に声をかけ、静岡や名古屋、広島などからわざわざ京都に集まっていただくこととなった。
さて来日初日の10日(金)、Bibillyとふたりで氏を出迎えた。待ち合わせはJR二条駅前。約束の午後7時ぎりぎりに急ぎ足で向かうと、師走のせわしない人ごみの中にひとりたたずむ、ひょろっとした人影が見えた。あたりはもうすっかり薄暗くなってしまっていたが、それでも師匠のヘッツェル氏そっくりの猫背のシルエットで、すぐにその人だとわかる。ベーグナー氏だ。近づいていくと、ひとなつっこい笑顔を向けて握手を求めてきた。思慮深い瞳が印象的だ。こちらも渾身の力を込めて握手を返す。今回彼は、まったくのプライベートで台湾から駆けつけてくれたのだった。感謝の気持ちをカタコトの英語で述べた。その後、スーパーに寄ってお買い物。好物を聞くと「Fish」とのこと。そこでお造りと寿司、鍋の材料のタラの切り身、そしてエビスビールなどを買い込み我が家へと向かった。
ベーグナー氏は我が家の畳の部屋をたいそう気に入ってくれた様子。次に仏壇(?)代わりに飾ってあるヘッツェル氏の写真にさっそく反応。「いい写真だ!」。そうこうしているうちに鍋ができあがったので、とにかくビールで乾杯。驚いたことに彼の箸の使い方は完璧だった。和食通で、刺身や寿司も本当に大好き。ためしにブリと大根の煮物もすすめてみると、しょうゆを丁寧に付けながら(笑)うまいうまいと口に運ぶ。しょうゆ好きなところも日本人並み、いや、日本人以上だ。さらにデザートの小布施の栗まんじゅうもぺろり。この夜は3時間ほど、彼と3人で楽しい時を過ごした。彼の言葉の端々からは、師のヘッツェル氏をどれほど尊敬しているかが伝わってきたし、今でも文通を続けているレグラ夫人の話や、彼自身のこれまでの波瀾に満ちた(?)人生についても聞くことができた。彼は常にフレンドリーで心あたたかく、そして謙虚な人物だった。
翌11日、土曜日。いよいよシューベルトの8重奏曲をベーグナー氏といっしょに演奏する日がやってきた。演奏といっても公開の演奏会をするのではなく、アンサンブルを楽しむという趣旨の集まりだ。午後から会場を押さえてあるので、その前に昼ご飯を3人で食べよう、と昨日別れ際に約束しておいた。メニューはもちろん回転寿司。河原町三条のかっぱ寿司の前で待つこと10分、なかなか彼が現れない。心配になった頃、タクシーに乗ってご登場。聞くと昨日の晩我々と別れたあと宿に戻ったら門限の時間が過ぎていて中に入れず、仕方なく奈良のホテルまで行ったのだとか。京都駅前の宿に入れてもらえなくてなぜ奈良のホテルまで行ったのかはよくわからないが、それにしても我々に電話の一本でもくれれば何とかしたのに、気を使ってくれたのだろう。そして昨日夜遅くまで引き留めてしまい、申し訳ないことをしたと思った。気をとり直して寿司で腹ごしらえ。次々回って来るネタに興味シンシンのベーグナー氏。何度も「ファンタスティック!」とつぶやいていた。しかし英語で寿司ネタの説明をするのはなかなか難しいものだ。

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さて、お腹もいっぱいになったのでアンサンブルの会場へ。ホールに着いたがまだ誰も到着していなくて、我々3人だけ。どうしようかな、と考えていると「とにかくスケルツォをやろう」とベーグナー氏。そこでヴァイオリン2本とベースで合わせてみる。初めて聴く彼のヴァイオリンの音は艶やかで、真摯な芸風はまさに師匠のヘッツェル譲り。ただただ感激した。3楽章スケルツォが終わって4楽章を弾いているうちに、ぽつぽつメンバーが集まって来る。来た者からどんどんアンサンブルに加わっていって、そのうち全員集まったので改めて1楽章からスタート。それにしても彼のヴァイオリンの音はヘッツェル氏にそっくりだ。弓を立て気味にして弾くところなどもとても似ている。そして、この難曲を軽々と弾きこなしながら、常にアイ・コンタクトで我々に語りかけてくるのはさすがだ。素人の我々はそれを返す余裕はあまりないのだが、それでも彼のあたたかいまなざしにつられついそちらを見てしまう(そのために何度も楽譜から落ちそうになった)。最初緊張ぎみだった我々も、ベーグナー氏の全力を傾けた演奏に触発されて、いつしか皆のびのびと演奏していた。そして1時間近い大曲を演奏し終えたあとには、深い満足感に包まれていた。素晴らしい経験だった。

Mit Herr Joschida
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アンサンブルの後は四条烏丸の串八で打ち上げ。ベーグナー氏は舟盛りを前にご満悦、我々も皆アンサンブルの心地よい余韻にいまだ浸っていた。宴もたけなわとなった頃、Jフィル主宰の吉田氏が私のもとにやってきて「今度ベーグナーさんにJフィルの練習に参加してもらえないだろうか」と大胆な提案。「練習では彼に失礼ですよ、演奏会でヴァイオリン協奏曲を弾いてもらうくらいじゃなきゃ」と私。「じゃあ、どうすればいい?」と吉田氏。「ベートーヴェンのコンチェルトやってもらいましょうよ」と私。そこで思いきって彼に直訴してみた。すぐに返事はなかった。困っているのだと思ったら違った。感激しているのだ。「とても光栄な話だ。」とベーグナー氏。というわけで、あっという間に交渉成立。あっさりと、再び彼と演奏できることになった。
翌日は3人で京都観光。彼は午前中はいつもヴァイオリンをさらっているとのことで(宿でもこっそり...)お昼ごろに集合。「仏像が見たい」というリクエストにこたえ、三十三間堂へ。うんざりするほどの数の仏像を見て、お昼はまた寿司ランチ(天ぷら付き)。食後は京都御所の近くにあるイチイヒロキヴァイオリンショップへ。彼曰く、湿度の高い台湾で過ごしていると楽器のコンディションが心配だが、台南にはいい職人がいないので、日本に来たこの機会に楽器を見てもらいたいとのことだった。しかし一井氏は楽器を一目見るなり「問題ない」と一言。「気になるようだったらもっと安い楽器を使ってよ、うちに置いているような...ハハハ」。こんなやりとりがひとしきり(一井氏が英語が苦手という理由で)イタリア語で行われた。なかなか楽しいひとときだった。一井氏の工房から外に出ると雨が降っていた。しかももう暮れかかっている。出町柳でふたばの豆餅を買い、そそくさと我が家へ。73年ベーム来日時のブラ1のビデオを見ながら、またしても出前の寿司を3人で食べた。彼が2楽章最後のヘッツェル氏のソロを食い入るように見ていたのが印象的だった。
翌日。ついにベーグナー氏が台湾に帰国してしまう日がやってきてしまった。この日は平日の月曜だったが、仕事は後回しだ。京都駅まで見送ることにした。「はるか」に乗り込む前に固い握手をし「また会いましょう」と約束。その後、彼が恥ずかしそうにそっとつぶやいた。「私のことはこれからマティアスと呼んでくれ」。うれしかった。そしてマティアスは去っていった。ゴールデンウィークの再会を誓って...。
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