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HETZELIANER
Die Pilgerfahrten
記念すべき特集の第一弾は、 "Die Pilgerfahrten" −巡礼の旅− と題してその第1話、ヘッツェル氏の墓所を訪ねた時の模様をおおくりする。この旅行記は私 Walter Bibilly (ヴァルター・ビビリー)が、1999年に友人でアマチュア・コントラバス奏者のTとオーストリアを旅した時のものである。
第1話 − ヘッツェルの墓所を訪ねて −

Information / ヘッツェル氏の墓所

 > Address/ 所在地 : Maurer Friedhof (23, friedensstrasse 1, Wien, Austria)
 > Part/ 埋葬区画 : Gruppe Z
 > The Nearest Station/ 下車駅 : Atzgersdorf-Mauer (S-Bahn) - Maurer Friedhof (56B)

platform''Atzgersdorf Mauer"

Platform
"Atzgersdorf-Mauer"
駅のプラットホーム

 我々がヴィーン郊外にあるヘッツェルの墓所を訪れたのは2月のある寒い午後であった。

 ヴィーン2泊目の宿、ペンション"Anna"での朝食は典型的なヴィーン風、すなわち様々のパンに、好みのジャムやパテ、スライスしたハムとチーズ、甘味のあるパプリカの輪切り、フルーツジュース(オレンジと桃をブレンドしたような味)、ミルク、さらにはパウンドケーキを好きなだけ、であったが、珈琲や紅茶の他にカカオ(ココア)を選ぶことができる。同行のTと二人してカカオをいれてもらうことにした。朝食室の窓の外は厚く雲がたれこめ、雪もちらついてたいそう寒い朝であったので、あたたかいカカオを飲むのは特に幸せな感じがした。

 遅く起きてゆっくり朝食をとったので、出かけたのは11時前であった。ヴィーン西駅からU6に乗り、Meidling/Philadelphiabrücke駅からS2の列車に乗り換えると、景色は郊外の落ち着いた街並へと移っていった。昨日訪れたムジークフェライン(楽友協会)で事務所の若い女性や親切な守衛の年輩の男性に教えてもらったとおりに、まずは Atzgersdorf Mauer 駅で下車する。それから56Bのバスに乗り換えた。閑静な住宅街が続く。4つめの停留所 Friedhof Mauer で降りると、目の前がめざす墓所であった。いつの間にか雪は止んでいる。

graveyard "Maurer Friedhof"

Graveyard
"Maurer Friedhof"
墓地風景

 門から入ってすぐ左側に小屋があったので入ってみると、中には夫婦らしき管理人が二人居た。つたない言葉で悪戦苦闘しながらもなんとか墓のある区画を教えてもらい、それから真紅の薔薇を5輪売ってもらうことができた。

 外国に来るのも初めて、異国の墓場を訪れるのも当然初めてである。きれいに整備され、まるで公園のようなので驚いた。おかげでちっとも恐ろしい感じがしない。墓石は美しく磨かれた漆黒の石に金色の文字で名前や十字架、死者に捧げる言葉が記されているものが多い。可愛いリースや花、クリスマス・ツリーなどで、ひとつひとつの墓が工夫を凝らして飾り付けられ、頻繁に家族が訪れて手入れしているのを窺わせた。Tはすっかり墓場を気に入り、罰当たりにも方々でシャッターを切っている。私ははやる心を抑えながら墓を探した。

Grave of Gerhart Hetzel

Gerhart Hetzel
24.4.1940-29.7.1992
ヘッツェル氏の墓近影

 果たして偉大なヴァイオリニストの墓は、区画 Gruppe Z の片隅に、ひっそりと建てられていた。周囲の凝った墓とは違い、削り出したままの石に、名前とこの世に在った最初と最後の日付が記されている、それだけの素朴で質素な墓である。大きく傾いたクリスマス・ツリー、風で下に散らばったツリーの飾り、積もった落ち葉などに、ここしばらく人が訪ねていない、といった感の寂しさがただよっている。

 こうして墓を目の前にしてみると、彼が映像や録音の中でだけでなく、この世に間違いなく存在したという強烈な現実感、生身の彼にはもはや決して会うことができないという悔しさや悲しみ、ここまで来てついに彼に挨拶ができるということへの喜びなどが、整理されぬままいっぺんにこみあげてきて私は泣いた。

 Tは暫くの間ひとりにしておいてくれたので、私も素に戻り、墓の掃除をすることにした。といっても我々のほかに人影もなくこちらでのやり方はよくわからない。花を供えてツリーや飾りを直し、何となく日本でやるように墓石に水をかけてみたら、黒く濡れた石に真っ赤な薔薇の色が美しく映えた。気が付くと雲は薄くなり、陽の光が差してきて、ヘッツェルが少し微笑んでくれたような気がした。

( 24.04.2002 Walter Bibilly )  

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