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第6話 − ヘッツェル終焉の地 サンクト・ギルゲンへ −
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リンツを発って列車でザルツブルクへ向かう。中央駅から旧市街へ出てみたはいいが、一般的な観光地にあまり興味のないへそ曲がりな我々は、せっかくモーツァルトの生家の前まで来たというのに確認しただけで素通りしてしまった。今思えば、罰当たりというか、もったいないことをしたものだ。冬のザルツブルクの街は今一つやる気が感じられず、店はあれよという間に閉まってしまった。リンツで遅めの昼食をしっかりとったのでレストランに行くほど腹は減っていないのだが、夜食を買っておけばよかったと後悔する。 |
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| 2月のザルツブルクにはたいした用事のない私にも、一つだけずっと気にかかっていることがあった。あるCDの解説文に、ヘッツェルがザルツブルク近郊のザンクト・"ギンゲン"で亡くなったという記述があったからだ。ザンクト・"ギルゲン"なら聞いたことがあるが、それはいったいどこだ?そんな疑問を解決するため、オーストリアへ来てから、詳しい道路地図を買った。宿のベッドの上いっぱいに広げて、裏面の索引を頼りに調べたけれど、ザンクト・ギンゲンなる地名はない。幾つか似ているものをピックアップし、ひとつひとつ地図上で探し当て、ザルツブルク近郊かどうかを確認する。結果、一番妥当と思われる地名はやはりサンクト・ギルゲンであった。しかし、本当にヘッツェルがそこで亡くなったかどうか、確証は得られなかった※。わざわざ行っても無駄足になるかもしれない。さて、どうしようか。 (※ 注:この当時の知識。後に、残された記録を調べた結果、いろいろわかってきた。詳細はこちら) |
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| 夜になったのでザルツブルク中心部から離れて、今日泊まる小さな民宿、ハウス・ガスナーを目指す。大した看板もなく、番地表示を頼りに辿り着いた。どうみても普通の一軒家にしか見えない。呼び鈴を鳴らすと、ほどなくして玄関の扉が開き、中からおばあさんが出てきた。そして、まるで親戚を迎え入れるように親しく握手してくれた。案内された部屋はシンプルだが清潔で、ピンクでまとめられた可愛らしい内装であった。 | ||||
ハウス・ガスナー |
窓からは、枝に雪の積もった大きな樅の木が見える。ベッドサイドに備え付けのカセットデッキを見つけて、Tがリンツで手に入れたブルックナーの交響曲のテープをかけた。こうしてベッドに寝ころんで好きな音楽を聴いていると、本当に自分のおばあさんの家に泊まりに来たかのような、くつろいだ気分を味わうことができる。久々にぐっすりと眠った。翌朝も空腹と共にすっきりと目覚める。朝食がうまい。ついついシュトーレン風の甘いパンにも手が伸びる。特筆すべきはガスナーさんお手製の林檎ジュース。口に含むとまず蜂蜜の強い風味がして、飲み込むと、喉元で炭酸がさわやかに弾けた。 | |||
| 宿を出て駅まで来てみたのだが、やっぱりどうしてもサンクト・ギルゲンヘ行くのを諦めることができない。しかし、手持ちの情報は不確かなうえ、時間もない。時刻表によれば、これからすぐのバスに乗っても、向こうにいられる時間はたったの5分しかない。行って帰って来るだけがやっとだろう。それに、定刻通りに戻って来てもウィーン行きの列車に間に合うかどうか。でも、ここまで来たのに行かなかったら、帰国してからきっと後悔するに違いない。もしかしたらそこが、ヘッツェルが見た最後の風景かもしれないのだから。どんなところか自分の目で一目見て、そこの空気を吸って来るだけでいい。決めた。Tに、別行動させてくれるよう頼んだ。「今から?本気?」と呆れていたが、止められないと悟って渋々了承してくれた。 | ||||
バスでサンクト・ギルゲンへ向かう |
駅の改札で待ち合わせることにして、私はサンクト・ギルゲン行きのバス乗り場に、Tは旧市街方面へ向かった。走り出したバスは、時折激しくなる横殴りの吹雪も、急な登り坂もものともせずぐんぐんスピードを上げる。山へ分け入って行くと、湖に寄り添うようにしてパステルカラーの宿やレストランが点在していた。ごくこじんまりしたリゾートだ。真冬だからだろうか、休業中らしき店も目立つ。ぶっ飛ばしたかいあって、時刻表に印刷された予定どおり、1分と違わずに到着。この悪天候なのに驚くべき正確さだ。帰りの便の出発時刻は5分後。急いでバスを降りた。 | |||
| 適当に人気のないところまで歩いていって、冬の大気を胸一杯に吸い込んでみる。ひやりとした湿り気のある空気が肺に滑り込んで来た。見上げると、灰色の空からちらほらと雪が落ちてきて、顔に当たっては溶けて消えていく。そのまま、ぐるぐると回りながら湖を囲む山々を見渡した。行ってみれば、ヘッツェルが亡くなった場所がどの方向かなんとなくわかるかもしれない、なんて思ったりもしたが、どの山からも人の命を奪うような険しさは感じられない。でも、きっと、この景色のどこかで……。しばし目を閉じて、真夏のまぶしい日射しを想像してみる。美しい木々の緑を映す湖面のきらめき、穏やかに自然とたわむれる人々、そして、束の間の休暇を楽しむヘッツェル……。しかし私のはかない夢想は、頬に降り注ぐ雪の冷たさにあっけなく断ち切られた。目を開くと、もとの、生命の気配のない一面のグレー。降り積もってゆく雪がたてるかすかな音以外は何も聞こえない、静かな世界。いったいどうして、何事にも注意深い彼がこんな平穏そのものの田舎で命を落とさなければならなかったのか。さっぱりわからない。いや、わかりたくない。どうにもいたたまれなくなってバスに戻った。 | ||||
| バスは定刻どおりに発車し、もと来た道を淡々とたどる。みぞれまじりの雪が窓ガラスに当たり、斜めに尾を引いて流れた。彼の魂は、今何処に在るのだろう。無念の死を遂げた魂は、身体から解き放たれてなお、その地から逃れられないという。だが、彼は少なくともここには居ない、そう感じた。それならば、始まったばかりの音楽祭のことが気掛かりでザルツブルクへと向かったのだろうか。あるいは、懐かしいウィーンに帰り着くことができただろうか。それとも……。帰りのバスから眺める景色は次第に像が歪み、はっきりと見ることができなくなった。 | ||||
| それにしてもザルツブルクのバスは誠に優秀であった。時間に正確なことこの上ない。帰りもぴったり時刻表どおりに着いた。しかしそれでもギリギリだ。バスから降りると猛ダッシュして駅へ駆け込んだ。改札のところで待っていてくれたTとすぐに会えたので良かった。コインロッカーの荷物を回収してホームへ。セーフ。ところが何のことはない、列車の方が雪のために遅れていた。Tが、私にアルミホイルの包みを手渡してくれた。中身はホットドッグだった。まだほんのり温かい。昼食を取る暇がないだろうとヴルストスタンドで買っておいてくれたのだ。よほど私がへこんで見えたのだろうか、「おごるよ」と言ってくれた。食事のことなどすっかり忘れていたのに、見ると急に空腹をおぼえた。手にした包みに、妙にリアルな、生き生きとした感触があった。しみじみ、旅の道連れがいてくれてよかったなと思う。さあ、ウィーンに帰ろう。吹きっさらしのホームで待たされ、ようやく来た列車は当初乗る予定と違うものだったが、かまわず乗りこんだ。(続く) ( 23.12.2003 Walter Bibilly ) < Previous Die Pilgerfahrten6 / Hetzelianer Special Next > |
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